「知床・しゃり発」たかはし宏治net・・・発信 知床・しゃり・DIARY
2009
03/24
(火)

■本との出会い・本を読むこと・・ 

■「いのちの音が聞こえる」中川真昭著書・鈴木章子さんの日記から・・・ ■今月出会った、二冊の本
■「いのちの音が聞こえる」中川真昭著書・鈴木章子さんの日記から・・・
■今月出会った、二冊の本

■日野原重明翁・・いとも簡単に・・

2日間の出張の予定がありと言っても、孫に会いたい気持ちが先行しての旅は議会が終わって21日の土曜からでした。その旅の機中で読む本をお向かいの本屋さんで求めた、「文芸春秋」季刊春号がめについた、“表題に日本人は本が好き”のタイトルに興味をそそられ買い求めた、私がなかなかうまく言い表せられないでいた、日本の学歴社会を、いとも簡単に日野原重明翁(97歳)が自分の経験をもとに書いていた。

「振り返れば人生の折々に本との出会いがありました。」
今の医学生は受験勉強ばかりで本を読まないでしょう。リベラルアーツ、つまり幅広い教養を養う教育が足りない。アメリカではリベラルアーツを四年終了した学生が医学部を受けて四年間学ぶ。だから目的意識もはっきりしているし、すごく勉強する。僕は今、四年制の大学を出てから使命感をもって医者になろうとする人を受け入れる医科大学を聖路加国際病院が中心となって作ろうとしています。教育は多くの実を結ぶ仕事です。

 この一節私は、まさにこの事を言いたかった、田舎の議会人としての目線で公務員を見るとき、公務員にもこのリベラルアーツがほしい、1平方bの机に学校を出てから40年もの間縛り付けられる生活、無事勤め上げて退職となっても、それからの人生に目標がなく管理職では退職後五〜六年で人生を閉じる人も多いとか、それよりも幅広い教養を養う教育が足りていないから歪な社会感の中で、前例踏襲型の政策、パクリ形政策づくりでオリジナリテイのある斬新な政策に手が届かず終えて行く役人が多いのだ。

 本との出会いは、その人の人生を変える機中で目にした一文に、我が町の教育にもこうした意味の余裕の年次を加えられたらと考えながら帰宅したら、斜里町教育委員会・委員長の鈴木眞吾氏から一冊の本が届いていた、“ガンは宝です”の言葉を残して亡くなった章子奥さんの47年の生涯の中で綴られた日記などを編集した2冊目の本「いのちの音が聞こえる」中川真昭著書でした。

 鈴木眞吾氏は先月“知床ユネスコ協会設立”で新たな文化の息吹を膠着した斜里町に残そうと意欲をかきたてている、斜里の文化人として私が尊敬している一人です。

・「ほん」の発行 〜知床、それは<<いのちの音が聞こえる>>ところ
・そのためには <<自然を敬愛する心>> が流れていなければならない・・・
・・・・それは・・知床ユネスコ協会の真意・・・ とメモがあった。

死という座布団に座ると いままで見えなかったものが見えてくる 座るということはすべてを引き受けることだと思う。 〔鈴木章子〕ほんの襷にかかれている言葉です、一冊目の「癌告知のあとで」を発刊直後に読んだ時には、今日の明日と言える章子おくさんの吐息が目の前にある感覚の時でした、あまりに日常が近すぎて・・・私の感激はその後あの本が今ベストセラーの人気になっていると友人に聞かされた発刊から一〜二年を経過して読み直した時でした、一句一句の覚悟の出来た言葉の凄さに身震いをしたものでした。

 東京からの帰り道女満別から感動の道へ車を走らせながらFMラジオをかけていた、男女のかけ合いジヨッキー・アナが初めての企画だと言う、俳句の五七まで読まれた下の句の五文字を言い当てる番組を始めた、殆ど中学生までに一度は聞く、「古池や かわず飛び込む 水の音 」的なポピュラーな俳句が、10首くらい詠まれたが二人とも一つも正解出来なかった。最初はリスナーの気を引く演技的トークかと思いきや、それが実力だった、日常に聞く優秀なジヨッキー・アナでもこんな国語力なのか、日本の教育は今どんな事になっているだろう、今更に聖路加病院理事長・日野原重明氏の言葉”リベラルアーツ”を教育に求めたい。
    ・・・「本」を読むことの大切さをいまさらにおもうのです・・・