「知床・しゃり発」たかはし宏治net・・・発信 知床・しゃり・DIARY
2007
06/24
(日)

■好天の知布泊村・例祭 〜東西仏僧界の名僧がズラリと一同に会す年一回の例祭〜

●知床毘沙門堂の前で東京下谷福島泰樹法昌寺住職の講話 ●知床聖徳太子殿の前で講話する大野玄妙・法隆寺管長 ●知床観音堂の前で講話する有馬頼底・相国寺派管長
●知床毘沙門堂の前で東京下谷福島泰樹法昌寺住職の講話
●知床聖徳太子殿の前で講話する大野玄妙・法隆寺管長
●知床観音堂の前で講話する有馬頼底・相国寺派管長

■知床知布泊村例祭が午前11時、から通称斜里町日の出・知布泊村で珍しくの好天気の中開催された。(例年寒いか?雨なのです)今年も立松和平さんの挨拶で始まった。今年開堂してから13年目を迎える知布泊村の例祭にお参りしてきました、毎年様々な人で賑わう例祭です、その由来を紹介します。

★知床・3つのお堂紹介★

■知床毘沙門堂の謂われ!
知床毘沙門堂は、1995年7月3日東京下法昌寺の下谷七福神のうち毘沙門天を分神し、福島泰樹法昌寺住職を導師として、開かれたお堂です。神仏習合の三十番堂で日本中の三十の神々が毎日順番に人々をお守りしています。
○絶叫短歌で有名な福島泰樹住職の HP http://www.apia-net.com/fukushima/

 知床毘沙門天のご本尊は、斜里川河口を浚渫中に発見されたハルニレの沈木を金城靖子仏師に彫っていただいたものです。
五穀豊穣・海上安全・大漁祈願・商売繁盛・家運隆昌・文運隆盛・音楽豊饒・学問増進・神学成就を祈念します。
北方を防衛し、世を護る毘沙門天は、この地にふさわしい神であります。仏の説法の道場を守護して法を聞くところから、毘沙門天は多門天ともよばれています。
この小堂が修業者には道場となり、善男・善女には心の支えの場所となることを願ってやみません。 
○記文・立松 和平氏HP http://www.tatematsu-wahei.co.jp/

■知床聖徳太子殿の由来!
 この太子殿は聖徳太子のご遺徳をしのび、その信仰の興隆を願って知床の皆さんの一大発願によって建立されたものです。そして平成九年(1997年)7月5日(土)その落慶法要が盛大に執り行われました。
ご本尊は奈良の法隆寺から遷座された「唐本の御影」と呼ばれるお姿の大師像です。かって一万円札などの紙幣でも馴染み深いお姿です。ご承知のように太子は古代国家日本の基礎を築かれ、とくに仏教の教えによって日本を仏国土、すなわち菩薩の国にしたいという強いご理想を抱かれていたのです。「和をもって貴しとなす」という言葉は太子が発布された、わが国最初の「十七箇条憲法」の冒頭にある全言として知られています。(中略)
平成十年十月に建立した「法隆寺大宝蔵院百済観音堂」へ知床斜里町の皆さんから「一位の木」(オンコの木)のご恵与いただきました。これは太子殿がご当地に建立されたことなどのご縁が強くむすばれたことによって実現したものです。(中略)
○記文・法隆寺学問寺長老大僧正 高田良信 HP http://www.horyuji.or.jp/

■知床観音堂の由来!
 観音さま、すなわち観音菩薩とは、苦しんでいる人々の救いを求める声を聞くと、ただちに救済してくださるという仏です。
法華経観世菩薩普門品二十五(観世教)によれば、火にかまれても、河に流されても大海を蛇行して難破しても、悪人に襲われても観音さまの名を一心に称えるなら救出されると説かれています。

観音さまは、どんな相手にもあわせて現れ毘沙門天によって導かれるものは、毘沙門天の姿で教えを説きます。聖徳太子は観音化身上宮太子のお寺、奈良斑鳩の法隆寺より、大野玄妙管長猊下によって招来されました。
大野猊下の論文 HPhttp://www.bunkaisan.jp/articles/archives/2005/08/10.php
知床観音お参りの皆様に御身の健康と御心の平和がもたらされますよう祈りあげます。  
                    記文 立松和平氏
◎3つのお堂を紹介の都合で写真でお見せできませんが、今年は常照寺ご住職の皆様が法螺貝を持参山伏の正衣装で法話の前にお吹きになりました、これは優れた法話がありますよ〜とお知らせする意味があるのですと法隆寺の大野猊下の説明でした。
常照寺 HP http://www5e.biglobe.ne.jp/~hidesan/josho-ji.htm

○お堂の管理事務所○
北海道斜里郡斜里町朝日町23番地9 (株)佐野自動車工業内 電話0152−23−3348